
大動脈コラム31「術後は血が止まって一段落」
心臓血管外科 部長 市原 哲也
前回のコラムで、心臓血管外科医が手術に対してどのように向き合っているかをお話しいたしました。今回はその続きで、外科医が術後どんなことに気を遣って過ごしているか、についてお話ししましょう。
大動脈系の手術、特に急性解離や瘤破裂の場合には、身体の状態が非常に悪く、
棺桶の蓋が閉まりかけている状態、と言うのが最もわかりやすいでしょうか?
瘤の破裂したところで、血管の中から外へ血が流れ出して、全身をめぐる血の量が減り、身体の中の大切な臓器たち、つまり脳、肝臓、腎臓などですね、それらに十分な量の血が回らなくなるのですよ。ですから、気を失ってしまう、いわゆる「失神」が起きるのです。この状態から脱することができなければそのまま残念なこととなります。こちらが70%です。
残りの30%は奇跡的にフッと息を吹き返し、救急車に乗せられ病院へ運ばれ、
「腹の大動脈瘤の破裂」とか「急性解離の破裂」とか診断され手術室へ運ばれるのです。
その中のだいたい半分の方が、命だけは救われる、
つまり、破裂系の方々の10-15%の方が救われるのです。厳しいでしょう?
さて、こうして手術室へ運ばれ緊急手術を終えるところまで辿り着いたら、次に外科医を待っているのは術後管理です。
以前、胸の大動脈瘤手術は脳障害との闘いです、とお話しいたしましたね?
実は、その闘いとともに、もう一つの闘いがあるのです。
それは、血が止められるか否か? なのです。
えー、手術が終わった時点で血は止まってるんじゃないの??? とお思いになるでしょうね?その通り、確かに、大きなところ、例えば血管を縫いつけたところとか、胸や腹を開いた時に切った血管とか、縫うのを追加しなければならないような出血は止めてあります。
が、あなた方には想像できない領域の出血があるのですよ。
それは、「出血傾向」と言って、血の出やすい状態になっていることです。
そういう状態にいつなるのか?
それは破裂、解離が起きた時点から始まるのです。血管の外へ血が出始めると、それを固めようという反応が起き、その部分に血を止めるための「兵隊」が集合します。すると、身体の隅々にいるはずの「兵隊」は手薄になります。当然、胸や腹を開いた場所は、破裂した直接の部分ではありませんよね? 大動脈そのものではありませんのでね。
つまり、胸や腹を開いた部分は身体の「隅々」にあたるのです。そこは、術中は文字通り「血の海」になっております。
なぜ、「血の海」になるか?と申しますと、もちろん、大動脈の縫い目や大動脈そのものから出る血もありますが、それ以外の、「隅々」からの出血がとても多いからです。
指などに傷を負うと、必ず血が出ますよね?しばらく押さえなければ止まりませんよね?ほんのちょっとした傷でも血が止まりにくい、ということがあるでしょう?その傷の大きさを短い糸一本と例えるならば、手術の傷は、大きな金盥やバケツいっぱい、と言えるでしょう。
いかがです?これで、破裂などの手術で血の出やすい状態がお分かりいただけましたか?
破裂のみならず、通常の予定で行われる手術においても、破裂ほどではないにせよ、出血傾向は見られるのですが、
激しいのは破裂、解離の場合です。
さて、大量の輸血をしながら、大きな場所の出血は止め、「隅々」の出血が許容量と見做された時点で、
胸や腹を閉じる作業に移り、最後に傷を縫って手術終了となります。
が、これでOK!ということではございません。
「隅々」の出血はジワジワと出ているのです。それを見るために、胸から出ている管があるのです。
もちろん、術後の血圧や脈拍等は大切な指標です。
管からの出血量、血圧、脈拍などを見ながら、ICUでの管理がされるのです。ジワジワ出る出血が多く、血圧が下がったり、おしっこが出にくいとかいうことになればもう一度手術室で、再度傷を解いて胸や腹を開いて溜まった血を掻き出したり、ジワジワしている部分に手を加えたりという作業が必要となります。
破裂や解離という手術の後は、特にこれとの闘いに勝つことがまず初めに要求されるのです。
目が覚めるかどうか? も大切ですが、血が止まらなければ、手術が終わった、とは言えないのですよ。
で、これ、誰が闘ってるの?
もちろん、手術室から出てきた外科医が始終見張っているのですよ。
夜通し手術室で過ごし、そのまま血が止まるまでは目が離せないのです。出血が多くて、もう一度手術室へ、ということは少なくありません。
みなさんの中にも、「そうだった、そうだった!」と思い出す方がいらっしゃるでしょう?「再開胸」というものですよ。
こうして血が止まって、やっと、ひとまずここまで来られたね!?と、次の段階に入って行けるのです。
これが正月、お盆、土日祝日、また、昼夜を問わず、必要な方には随時行われているのです。
人の命を救う、というのはとても過酷なものです。「終わった!」と言って、寝てはいられないのです。
世の中の心臓血管外科医は、ほぼ全員がこういう生活を送っているものです。
何チームもある恵まれた施設は別ですが。
こういうことを言うと、「でも、あんたら、それが仕事でしょ?」とおっしゃる方があるでしょうね?
それはそれでいいのです。
わかってくださる方が数名いらっしゃるだけで救われます。
家族や知人の大動脈瘤や、急性解離、瘤破裂のことが心配だという方、遠慮なくご連絡ください。
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心臓血管外科 部長 市原 哲也