
大動脈コラム32「皆さん、希望を捨ててはいけませんよ」
心臓血管外科 部長 市原 哲也
このコラムで幾度か登場してくれているA.K.さんのことで、私にとっても、またお読みくださっている皆さんにとりましても、大層喜ばしい知らせがございます。
2011年12月に45歳で急性解離罹患、緊急手術を受けて以来、今年で15年が経ちます。この間、2023年までで何と9度の手術を乗り越え、最近めでたく還暦を迎えることができました。実にめでたく、また、同様の病気に悩んでいらっしゃる方々に、とても大きな勇気、希望を与える出来事だと存じ、お知らせする次第です。
彼のことについての最近のコラムはNo.23でした。その際にも、2023年のほぼ一年間に亘る凄まじい闘病生活についてお話しいたしましたが、改めて、紹介いたしましょう。
No.23のコラムの書き出しは「2023年初頭から11ヶ月間の入院生活を終え、ご自宅で新年を迎えることができたという、57歳の男性についてお話しいたします。」でした。あれから3年経ちました。
これまでの経過は以下のごとくです。
背中側の大動脈瘤拡大(解離性)に対し人工血管置換
腹部大動脈瘤(解離性)に対し人工血管置換
大量喀血(血を吐くこと)があり、その原因部分にステント治療
再び大量喀血で入院、前回のステント治療部を覆うように再度ステント治療。
この時は2ヶ月間の入院生活でした。これで7回です。
この時には、今度こそ終わりだ! 8月に生まれた孫も抱っこできる! と、私どももご本人、奥さんも大喜びしたものです。
ところがこれで済まなかったのです!
ここからあと2度の手術がございますが、最後までバイキンとの闘いとなりました。
2022年暮れに38〜39℃の発熱があり、年明けに入院していただき、熱の原因について探ったところ、「人工血管感染」しかも「大動脈―食道瘻←“ろう” と読みます」という、世界中の心臓血管外科医が最も恐れ、出会いたくないと言う疾患だとわかりました。
この疾患につきましてはNo.23で詳しくお話しいたしましたのでこの度は控えますが、人工血管が近くの食道と接して擦れて食道を破り、食道の中のバイキンが人工血管のつなぎ目を食い潰して「破裂」を引き起こし、あの世へ連れて行くというとても恐ろしい疾患です。
そこで、この後の2度の手術はこれとの闘いでした。
これでプラス2度の手術、計9回です!
いかがです?驚くべき数字でしょう?
この数字のみならず、さらに驚くべきことには、2023年2月に食道に穴が空いていることがわかってから、食道がつながった6月下旬までの5ヶ月間、点滴だけで絶飲食、つまり「飲み食い禁止」だったことです。さらには、この非常事態にもかかわらず、終始穏やかでいらしたことです。
6月下旬、恐る恐る水分からはじめ、サラサラの粥、徐々に硬くしても問題ないことを確かめながら進めました。体重は、元気な頃は60kgを超えていたのですが、長期間の絶飲食で50kg少々にまで減ってしまいました。3年前の今頃は、こういう状態でした。
退院は2023年11月末でしたので、ここからさらに5ヶ月ほど入院での闘病生活でした。その間も、バイキンとの「睨めっこ」状態でした。2023年はほとんど入院生活でした。私どもも、気が気ではございませんでした。
これで全て解決したか?と申しますと、残念ながらそうは言えません。バイキンに侵されている人工血管やステントグラフトが残っているのです。
理想的には、人工血管を切り取り、新しいものに交換するのが最適ではあります。が、危険率50-60%という重い手術ですので、逃げられるものならば逃げたい、手術は避けたいと願いました。おかげさまで色々な方々に知恵をいただきながら、そこから3年間、その手術は免れております。
免れていると言えるだけでして、この3年間は決して安心して過ごせたわけではございません。いえ、これからも心の底から笑ったりできる、なんの心配もなく過ごせるということはないのです。ご本人には、こんな事実を伝えるのは忍びなかったのですが、前向きな方であることを信じて、敢えてお伝えいたしました。
現在も、高い熱が制御できず、炎症反応が高くなるなどの兆候が見られれば、やはり、人工血管手術に踏み切らねばならない、という状態で恐る恐る、様子を見ているのです。現時点までは、幸いにも「やるしかないか・・・」ということにはならず、抗生剤を飲むことで様子を見ながら、まさに「薄氷を踏むがごとく」に歩んでくることができているのです。
そんなに心配だったらやればいい、というわけには行かないのですよ。
理由は、手技上の困難さ、イコール命の危険の大きさにあります。
具体的には、
の2点です。これを行うとなると、危険率50-60%であり、かなりの危険を伴います。
ですから、感染の制御ができなくなり、「やるしかない」という状態にならなければやるべきではない、という方針が適切、という大方の意見で、それに則って現時点でも観察しているのです。
A.K.さんはもちろん、奥さんのJ.K.さん、息子さん方には、熱が出ないか?炎症反応はいいか?常に、ハラハラドキドキして過ごしておいでです。神頼みの毎日です。
先日は、熱が出たとの連絡があり、「えー!?まさか!?」と、ドキっとしましたが、幸いにも肺炎でした。肺炎という疾患はそれだけでも通常は重症なのですが、A.K.さんの場合には、「肺炎で良かった〜!」という、妙なことになってしまうのですよ。
A.K.さんご本人はもちろん、ご家族、そして私どもはこのままずっと人工血管手術が要らないままでいてくれ〜!!と、毎日祈っているのです。
ずっと、バイキンが盛り返して来ないか、熱は出ないか、炎症反応は上がらないか、これとの向き合いなのです。
言うまでもなく、これらの症状が現れれば手術に踏み切らねばなりません。まさに、毎日が生きるか死ぬかの決戦です。今もその真っ只中にあるのです。
そんな毎日の中で、先日、「還暦を迎えることができました!」との連絡をくださったのです。最初から15年間、初めの12年間で9度の手術を乗り越え、そして現在も、大丈夫か???と心配が去ることなく怯えながらの生活を送っておいでの中で、です。
私どもにとりましては、彼は「患者さん」であることには違いないのですが、
もはや「ヒーロー」と言うより「メンター」とお呼びするのが適切だと思っております。
理由は、これまでの経過の凄まじさはもちろん、この15年間、一度たりとも泣き言を言ったり、辛い入院生活においても愚痴も言わず、感情的になり取り乱したり、喚いたりということが一切なかったからです。
この度の還暦の知らせによって、私が心を打ち震わされている理由がお分かりいただけますか?
これまでA.K.さん、奥さんのJ.K.さんには、危険だ、とても重い、覚悟を・・・など、幾度話して来たことでしょう。その度に、本人も奥さんも、一言「全てお任せします。」と言ってくださいました。かなりきわどい話をしましたが、お二方とも、決して取り乱すことなく、終始落ち着いていらっしゃいました。
繰り返しになりますが、2023年の1月からの11ヶ月間に及ぶ入院生活の中で、A.K.くんは、泣き言一つ漏らしませんでした。「死」と文字通り向き合うという、想像を絶する不安、恐怖にずっと苛まれながらも、リハビリに力を注ぎ、常に前向きでした。そして、それから3年経った現在でも、バイキンとの向き合いには変わりはございません。つまり気持ちの上では何も変わっていないのです。私でしたら、間違いなく逃げ出していることでしょう。
奥さんのJ.K.さん、帰りの車で涙し、車を止めざるを得ないことが多々あったと聞かせてくださいましたね?よく、私の言うことに信頼をおいてご理解をいただきました。本当に辛かったことでしょう。
このまま「やるしかないか・・・」という事態にならないよう、切に祈ります。
私のヒーロー、世界一のヒーロー、いえ、人生の水先案内人「メンター」であるA.K.さん、貴方は私の40年を超える外科医人生で、最も心を打ち震わせてくれています。生きていてくれてありがとう。とても多くのことを教えてくださっていますよ。
貴方は、私のみならず、同様の疾患で悩んでおいでの多くの方々にも、とても大きな勇気、希望を与えてくれているのです。
お悩みの皆さんにおかれましては、世の中にはこういう方がおいでになり、不安に苛まれながらも生きていることに感謝なさり、働いておいでであることを、どうぞ心の支えとなさっていただけますよう、切にお願い申し上げる次第です。
A.K.さん、貴方の勇気には心より敬服申し上げます。
還暦のお知らせ、本当にありがとうございます。そしておめでとうございます。J.K.さん、いつも彼を支えていてくれて、私にも全幅の信頼を置いてくれてありがとうございます。2人の孫にも恵まれ、本当に嬉しく思っています。
今回は、最初の12年の間に9度の手術をお受けになり、それから3年間、引き続き辛い闘いに立ち向かっているという60歳の男性から「生きる意味」を教えられましたので、その勇気を讃えるとともに、私も、これまでのどんなことよりも心を打ち震わされたことに対し、心より感謝の意と敬意をこめてお話しいたしました。
一度の手術の後で、再度手術が必要となったとか、B型解離で手術が要らないと思っていたら、今度手術が必要となったとか、様々な不安をお感じになっている方々は多くいらっしゃることでしょう。でも、そのような皆様におかれましては、決して希望を捨てず、諦めず、生きていることをお喜びになってください。そして、辛い時には、こういう方がおいでになることを思い出しては、また前を向いてゆっくりとお歩きになりますようにお願い申し上げます。
乱文ご容赦ください。あまりの嬉しさについ興奮してしまいました。
家族や知人の大動脈瘤や、急性解離、瘤破裂のことが心配だという方、遠慮なくご連絡ください。
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心臓血管外科 部長 市原 哲也