医療コラム

大動脈コラム Vol.11「急性解離 助かったのは、本当にラッキーです!」

大動脈瘤があると言われている方、知人・家族の大動脈瘤のことが心配な方へ

心臓血管外科 部長 市原 哲也

急性解離は直接命に関わる病気で、病院到着前に60%~70%の方が亡くなり、24時間以内に80~90%の方が命を落とす、 という凄まじさについては以前にもお話いたしました。特に、A型と呼ばれる緊急手術が必要なタイプは、たちが悪いのです。 今更、なんでそんなことを言うのかって?いえ、無事退院なさった後、私どもの外来にお越しになっている方々の中には、術後数年経っていても「何もやる気が出ない、 (あの時)死んでしまえば良かった・・・」とか「生きていても仕方ない・・・」 とか、おっしゃる方が結構いらっしゃるものですから、元気づけるという意味で、こんな方がいらっしゃいますよ、という紹介を是非したいと存じます。 もちろん、その方には、ここに紹介することはお許しいただいております。

その方は50代半ばの男性、10年前の2011年12月、つまり東日本大震災のあった年の暮れ(なんと40代半ばだったのです!)の午前中、 トイレの最中に胸から背中にかけて激痛が走り、救急車を呼び、近くの病院へ運ばれました。急性A型解離と診断され、ドクターヘリで搬送、 16時から緊急手術が行われて助かりました。発症後5時間で手術室に入れたのですから、これだけでもずいぶん運のよろしいことです。 その数日後、リハビリのため最初に運ばれた病院へお移りになりました。

その後、年が明けて2012年2月(緊急手術から2ヶ月後)に、背中側の大動脈瘤が急激に大きくなっており(そうです、解離性大動脈瘤、石原裕次郎さんと同じです)、 入院されていた病院で背中側の手術をお受けになりました。この手術後も順調に経過し、1ヶ月ほどで退院なさいました。これで2回の手術です。

それから数年は何事もなかったのですが、横隔膜付近からお腹にかけての大動脈瘤が大きくなり、2020年1月、私どもに手術依頼があり、 2月にお腹の大動脈瘤手術をお受けになりました。これで3回の手術です。

今年になって、2021年2月、コップに1~2杯の真っ赤な血を吐いた、とのことで、ご自分で私どもに連絡を下さり、翌日おいでになりました。 今度は、背中側の人工血管(2012年2月の手術で入ったもの)のつなぎ目が破れかけており、それによる喀血(胃腸からではなく、肺からのもの)であることがわかりました。 急遽、ステントグラフト治療をお受けになり、大事に至らずに済みました。これで4回です。

まとめますと、

  1. 1. 2011年12月 急性解離の緊急手術
  2. 2. 2012年2月 背中側の大動脈瘤手術
  3. 3. 2020年2月 お腹の大動脈瘤手術
  4. 4. 2021年2月 背中の人工血管縫い目付近の破裂しかけのためステント治療

この10年間で計4回の手術に耐え、現在50代半ば、元気にお過ごしです。この方の立派なところは、 「えー、またですか!?」とか「もういやになりました」とかいうことを決しておっしゃらず、常に命あることに感謝なさって、 亡くなった方々の分まで一所懸命に生きていらっしゃることです。私どもの外来においでいただいているのですが、 私どももたくさんの勇気をいただいております。後遺症である声のかすれも、仕事に差し支えがあるはずなのですが、 独自にお考えになったリハビリで良くなりつつあり、ずいぶん「いい声」になってきております。 とにかく前向きで、溌剌(はつらつ)として、まさに「生きて」いらっしゃいます。

分かっていただきたいことは、急性解離は、とてつもなく恐ろしい病気で、運良く助かった方でも、治療はその一度だけで「めでたく終わり!」とはならないことがある、 けれども、それは不治では決してない、悲しい病気ではない、ということです。何度も申し上げますが、急性解離は、あっという間に命を奪う恐ろしい病気です。 そこで運良く助かった方は、残念な結果となってしまった多くの方々(こちらのほうが圧倒的に多いのですよ!)の分まで、今ある命を大事にしながら、 日々楽しく、一所懸命に生活なさることが、神様から言い渡された使命なのではないでしょうか?

今回紹介いたしました50代半ばの男性と接していると、とても清々しく感じるのは、若いとは言え、身体はとてもつらいはずなのに、 心の底から感謝して明るく前向きに取り組むのが、せめて自分にできることであると自覚なさっている様子が伝わって来るからでしょう。 もちろん、奥様の支えも大切な要素です。10年前には、「だめかも知れない」と何度も覚悟をなさったことでしょう。 その後も、「いつさよならとなってもいいように」精一杯、旦那さんを支えておいでになってきたことでしょう。

急性解離で助かった方々、本当に運がよろしいのですよ。どうぞ、この方のように、助かったことに感謝して、「死ねば良かった」とか 「生きていてもしかたない」とかいうことは、お考えにならないようにお願い申し上げます。身体がつらいのでしょう、それは理解申し上げます。 が、それは時間が解決いたします。残念ながら亡くなった方には、痛いということも、つらいということも、感じたくても感じることができないのです。 残されたご家族も、さぞつらいことでしょう。小さなお子さんを残して旅立ちになった方もいらっしゃいます。無念でしょう。 助かった方は、自覚の有無にかかわらず、自然とそういう方々の気持ちを背負っていらっしゃるのです。 かといって、特別に何かをしなければならないということではございません。ただ、前向きに、救われた命を大切に、楽しく生きることで十分です。

生意気なことを申し上げましたこと、お許し下さい。つらいことは重々承知しております。この方のように、 何度も手術をお受けになりながらも常に前向きな姿勢でいる方があることを、頭の片隅にお置きになって下さい。 今回紹介した50代のあなた、そして奥さん、この場を借りて、一言「いつもたくさんの勇気をありがとう!」

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