大動脈コラム12「急性解離 緊急手術で助かった方々へ」
心臓血管外科 部長 市原 哲也
前回(Vol.11)に引き続き、「急性解離A型で緊急手術を受けて助かったけれど、その後どうにも生きる気力がわかない」「あの時死んでしまえば良かった」などとおっしゃったり、 思ったりしておいでの方々への、私どもからの応援メッセージをお贈りいたします。 急性解離、特にA型という緊急手術が必要なタイプの恐ろしさについては、何度もお話してきておりますので、もうよろしいでしょう。
今回は、2003年8月に50代前半で急性解離A型に対し、緊急手術をお受けになり、2015年7月に、なんと6度目の手術をお受けになった女性のことをお話しいたします。 2013年12月のそけいヘルニア手術を含めますと、7度の手術です。 残念ながら、そのご婦人(A.S.さん)は、2019年5月末にお亡くなりになりましたので、そのお嬢様(Tちゃん)と御主人にお許しをいただいてお話しいたします。 Tちゃん、御主人、ありがとう!
A.S.さんは、生きていらっしゃれば70代前半、2003年8月末(50代前半)、突然の胸背部痛で急性解離A型と診断、緊急手術をお受けになり、生還なさいました。 そのわずか半年後、翌年2004年2月に、人工血管に交換してある部分の心臓に近い側がふくらみ、再度手術をお受けになりました。2度目ですね。 その後しばらくは何事もなくお過ごしになったのですが、5年後の2009年2月、さらに心臓に近い部分がふくらみ、大動脈弁という心臓の出口の弁にまで支障を来したもので、 そのあたりを根こそぎ交換するという手術をお受けになりました。3度目です。 その後、別の病院にかかっていらっしゃいましたが、2011年(震災の年です)12月、背中が痛くなり、調べますと背中側の血管が膨らんでおり、破裂しかけていると判明。 すぐに緊急手術をお受けになりました。今度は左側の背中から胸にかけてキズができました。4度目です。 2013年12月には脚の付け根のヘルニアに対し、別の病院で手術をお受けになりました。 2015年6月、前側の人工血管の頭に近い側のつなぎ目あたりが膨らみ、手術をお受けになりました。これは、胸の前側のキズで、ここにキズをつけるのは4度目、合計5度目です。 この手術の入院中、前回2011年12月に交換した背中側の人工血管の下流の部分が太くなってきていました。 しかし、続けてこのままというのは忍びないので、この時には一旦退院できないかと考えましたが、60mmを超えており、入院中にそのまま手術を、 ということで苦渋の選択をいたしました。これが2015年7月で、6度目です。解離性の胸腹部大動脈瘤という、手術の横綱です。この時も見事生還され、 退院後、私どもの外来にお越しになっていましたが、その4年後、2019年5月、残念なことにお亡くなりになりました。
まとめますと、
ということになります。いかがですか?壮絶ですよね?
A.S.さんのすばらしいところは、「いやだ」とか「なんでわたしだけが???」などということを1度たりともおっしゃらなかったことです。 つらかったでしょうに、泣き言を聞いたことはございませんでした。ただただ、立派なご婦人でした。 「生きていられて、わたし、幸せです。楽しく生きます!」とお会いする度におっしゃっていました。 やさしい御主人のことをいつも気遣っておいでで、「あの人を残しては逝けない」と、実によく頑張られました。 手術の度に、遠くに嫁いでお行きになったTちゃんが駆けつけてくれ、力になってくださいました。明るい、素敵な家族です。 A.S.さんの亡くなった後、御主人は、それはそれは寂しいことでしょうに、先日挨拶にと訪ねてくださいました。 亡くなったA.S.さんは、常に命あることに感謝なさって、亡くなった方々の分まで一所懸命に生きていらっしゃいました。 私どもは、とても多くのことをA.S.さんから学び、たくさんの勇気をいただきました。
急性解離はとてつもなく恐ろしい病気で、運良く助かった方でも、手術はその1度だけで「めでたく終わり!」とはならないことが多いのです。 その後、1度のみならず、前回お話した男性のように3度、A.S.さんのように5度の手術が必要となることがあります。 けれども、がんのように「残念なら余命何年です」という話しをしなければならないような悲しい病気ではない、ということを御理解下さい。 何度も申し上げますが、急性解離は、あっという間に命を奪う恐ろしい病気です。 そこで運良く助かった方は、残念な結果となってしまった多くの方々(こちらのほうが圧倒的に多いのですよ!)の分まで、今ある命を大事にしながら、 日々楽しく、一所懸命に生活なさることが、神様から言い渡された使命なのではないでしょうか?
ここからは、前回と同じことの繰り返しとなります。
急性解離で助かった方々、本当に運がよろしいのですよ。どうぞ、生前A.S.さんがおっしゃっていたように、助かったことに感謝して、「死ねば良かった」とか 「生きていてもしかたない」などということはお考えにならないようにお願い申し上げます。 身体がつらいのでしょう、それは理解申し上げます。が、それは時間が解決いたします。残念ながら亡くなった方には、痛いということも、つらいということも、 感じたくても感じることができないのです。残されたご家族もさぞつらいことでしょう。小さなお子さんを残して旅立たれた方もいらっしゃいます。無念でしょう。 助かった方は、自覚の有無にかかわらず、自然とそういう方々の気持ちを背負っていらっしゃるのです。かといって、特別に何かをしなければならないということではございません。 ただ、前向きに、救われた命を大切に、楽しく生きることで十分です。 生意気なことを申し上げましたこと、お許し下さい。つらいことは重々承知しております。 つらいということを感じることができるのも、命あってのことだというお考えをお持ちいただきたく、お願い申し上げます。 A.S.さん、たくさんの勇気をありがとう。最後から2度目の手術での入院中、術後まだ1ヶ月も経っていないのに、そのまま再度、手術が必要だと申し上げた時に、 ベッドの上で「わかりました。お願いします。私、受けます。」と凜として宣言なさった姿、表情を忘れることができません。 Tちゃん、何度も何度も手術室へ向かうお母さんをよく支えてくれました。御主人、いつも私どもの診療を寛容の心で理解してくださいました。 この場を借りて、「ありがとう」と申し上げます。そしてA.S.さん、あなたはこういう形で多くの病める方々に生きる希望、勇気をお与えになっているのですよ。 貴女のこと忘れません。
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心臓血管外科 部長 市原 哲也