大動脈コラム Vol.15「またしても患者さんから教えられました」
心臓血管外科 部長 市原 哲也
いつも患者さんから、多くのことを学んでおりますが、今回、特に自分の思い込みによって診断が遅れ、 患者さんを不安に陥れてしまうことになった方がありましたので、お話いたします。 この方は、現在、55歳ですが、ご縁を頂いてからちょうど10年が経ちましたが、この間になんと、 5回も手術を受けておいでです。以前、7回の手術をお受けになったご婦人のことをお話しいたしましたが、 解離という病は、一度で終わりというわけには行かないことが多々ございます。
この方も、不安とか、恐怖とかお感じになっているはずなのに、一言もそれらしいことをおっしゃらず、 常に前向きに捉え、私どものことを信頼して進んでいらっしゃいました。その気持ちに感謝すると共に、敬服いたします。
さて、経過です。
ここからです、今回の話の焦点は。
2月にあった、血管のつなぎ目に仮性瘤こそ見当たらないのですが、なぜか、その周辺のカプセルが大きくなっているのです。 この、カプセルというのは、手術後、特に血管のつなぎ目の周囲には必ず血とか他の液体とかが溜まる空間ができるのですが、時間と共に消えて行きます。 その空間は袋のようになっており、再び血や液体が溜まるとその袋が大きくなるのです。これを通称、カプセルと呼んでいるのです。
私の見る限りでは、このカプセルが大きくなる原因、この方の場合、出血しかあり得ないのですが、その出血が見当たらないのです。 幸いにも、喀血は小康状態でしたので、呼吸器外科にお願いし、空気の通り道から肺にかけてカメラでのぞいてもらいましたが、原因確定には至りませんでした。 そうこうするうちに、入院後1週間目の夜、再び大量喀血!!!本人は不安、恐怖、驚きなど生きた心地がしなかったでしょうが、 ありがたいことに呼吸の状態や血圧などには大きな影響はなく、CTを撮ったりしてもう一度よく調べました。
これでも、私にはわからなかったのです、喀血の原因が。
呼吸器外科の医師と、「これはもう、疑わしい肺を切り取るしかないねえ。」と話し、具体的に方法まで考える段階にまで至りました。 その過程で、部下の一人が、「カプセルの中に、血流がありますよね?」と言うので、それを指摘させたところ、なるほど、あるのです! つなぎ目の数センチ下流で、前回裏打ちしたステントの端っこに当たるところに!これには驚きましたが、同時に、一気に頭の中に大きな電球が点灯しました。 これが、今回の大量喀血のホンボシなのです。
翌日、血管造影検査をしてそのことを確かめ、さらに翌日ステントで裏打ちを加え、以降は痰に血が少々混ざる程度となり、やがてほとんど混ざらなくなりました。 11月に自宅で大量喀血して、翌日こちらへ来て頂いて撮ったCTをよく見るとホンボシが写っていたのです。血管のつなぎ目ばかりに注目していたものですから、そのカプセル内の下の方は、ステントで裏打ちされているから出血などあるはずない、と決めつけておりました。この失策のおかげで、1週間正しい治療が遅れ、しかも再度大量喀血を起こさせてしまい、本人を恐怖の底に陥れてしまいました。本当に悪いことをしました。ごめんなさい、A.K.君、奥さんのJ.K.さん。 思い込みというものは、本当に恐ろしいものです。その周辺に写っているものは、平坦な気持ちで眺めることの大切さを、改めて認識いたしました。
何年経ってもヒヤっとさせられ後にしか正しい診断に辿り着かない、なんてことを繰り返しております。私ひとりの力など、大したことないなあ、と、 溜め息をつきながら日々の診療に注力しております。 もう一度、A.K君、J.K.さん、ごめんなさい。そして、大切なことを教えてくれてありがとう。 いつも前向きに考えてくれて、私のことを信頼して任せてくれて、ありがとう。貴方の勇気には心より敬服します。J.K.さん、いつも彼を支えていてくれてありがとう。
今回は、10年間に5度の手術をお受けになった若い男性の勇気を讃えるとともに、大切なことを教えて頂いたことに対する感謝の意をこめてお話しいたしました。
家族や知人の大動脈瘤や、急性解離のことが心配だという方、遠慮なくご連絡ください。
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心臓血管外科 部長 市原 哲也