医療コラム

大動脈コラム Vol.19「胸の大動脈手術と脳の障害」

大動脈瘤があると言われている方、知人・家族の大動脈瘤のことが心配な方へ

心臓血管外科 部長 市原 哲也

大動脈の手術で、私どもが最も懸念することは、脳障害(脳梗塞と脳出血を合わせたもの)が起きなければいいが・・・ということです。大動脈の病気は、急性解離や瘤破裂でなければ症状が何もないという方がほとんどです。大動脈瘤があるだけで、痛くも痒くもないのです。手術が必要でなければよろしいのですが、瘤が大きくなって手術が必要となっても、症状は何もないのに手術を受けなければならなくなるのです。つまり、何も困っていないのに手術となるのです。

症状のなかった方が、手術を受けたことによって、脳障害のため、車椅子の生活となったり、起きられなくなったり、ひどければ意識が戻らない、さらにひどければ命を失うことになる場合もあるのです。これですよ、私どもが最も「頼む、起きないでくれ〜」と祈る思いで手術に臨むのは。手術中、こうしておけば大丈夫、という方法がないものですから、言葉通り、祈るしかないのです。どれくらいの方に、手術による脳障害が起きるのかと申しますと、大体10%と言われております。まさに理不尽な合併症ですよね?今回は、このことについてお話しいたします。

大動脈の病気に侵される方の大半が、「動脈硬化」と呼ばれる状態にあります。これは、<図1>のように、血管の壁に、血の中の老廃物や血の塊が積もったり、あるいは、壁が骨のように硬くなった状態のことです。

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「動脈硬化」は、一般的に、急性解離に侵される方には少なく、解離以外の原因で大動脈瘤ができた方に多く見られるという特徴がございます。

さて、胸の大動脈手術には、人工心肺が必要なことはもうよろしいですね?さらに、血の流れを止める必要があり、体温を下げる、これを専門用語で「低体温 併用 循環停止」と申しますが、手術には必要なのですが、とても過激な手段です。この状態が2-3時間続くとなると、これだけでも、脳への影響は相当なものだろうなー、という想像は難しくないでしょう?

さらに、手術では、血管の壁を切ったり、縫ったりという作業が伴いますね?この作業によって、壁に積もっているものが剥がれたり、剥がれやすくなったりします。

血管の作業が終わって、再び、人工心肺で全身の血の流れが始まり-循環再開と申します-数十分後には心臓が動き出し、脈拍が出始めますが、この時に、剥がれたり剥がれやすくなっているものが脳への血管に飛んで行き、脳の細かい血管につまる、という現象が起きます。これが、脳梗塞の成り立ちです。<図2>です。

     

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もちろん、作業中、目の前で壁についているものが、剥がれたり、剥がれかけたりしていれば、その場でそれを取り除いたり、ジャブジャブと水で洗い流したりして、脳への血管に飛んで行くのを防ぐという努力はいたしますし、目に見えなくても、そういう努力、工夫はもれなく行なっております。

それでも、100%防ぐことは不可能なのです。どうしても、10%程度の方に、脳梗塞が起きてしまうのです。術前のCT検査で、動脈硬化の状態が特に悪いとわかっている方におかれましては、この確率はさらに高く、40-50%、ひいては80-90%という、ほぼ間違いなく脳梗塞に侵されるだろう、という予測が成り立ってしまうことがございます。さらに始末に悪いことに、この脳梗塞が起きているのか否かは、手術が終わって数時間後にしかわからないのです。

どのようにわからせてくれるかと申しますと、手術後はICUに運ばれ、そこで目が覚めるのを待ちますね?やがて、お目覚めになり、呼びかけに頷いたり、目を開こうとしたりして、呼びかけが「わかる」という「意識確認」がされます。

次には、両方の手が動くかどうかを確かめます。「〜〜さん、手を動かしてください」と、肩や腕、手を軽く叩いて呼びかけます。これに対して、両手とも何らかの反応-ピクピクとか、握ろうとするとか-を示して頂ければ、手はOK!となります。

次は、両足です。手と同じことを示して頂ければ、脚もOK!となり、ここで初めて、脳障害なし!!ということがわかり、私どもスタッフ一同、ほっと胸を撫で下ろすことができるのです。跳び上がらんばかりの喜びを感じる瞬間です。

 

手術そのものよりも、この瞬間までの時間を過ごすことの方が、私どものストレスはずっと大きいのです。人事を尽くした後は待つしかない、のですが、どれほど尽くしても「これでOK!」という目印がございません。このストレスは、手術が必要です、とお話しし始めた瞬間からずっとつきまといます。

大動脈手術というものは、脳障害との闘いである、と言っても過言ではないでしょう。もちろん、他にも重い合併症はございますので、元気になって頂けるまでは気は許せないことは間違いないのですが。

今回は、大動脈手術と脳障害、特に脳梗塞の成り立ち、そして、私どもがいかに気を配り、まさに薄氷を踏むが如くで診療にあたっているかをお伝えいたしました。どれだけ経験を積みましても、このストレスは一向に小さくなりません。それどころか、進めば進むほど、怖くなり臆病になっている自分に気がつきます。術後の方々の御無事を祈るのみの毎日です。

家族や知人の大動脈瘤や、急性解離、瘤破裂のことが心配だという方、遠慮なくご連絡ください。

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