大動脈コラム22「急性解離とコロナワクチン」
心臓血管外科 部長 市原 哲也
先日、急性A型解離で緊急手術後、生還なさってその後、私どもの外来にお越しになっている方から、こんな質問をいただきました。
「コロナワクチンと急性解離との因果関係はありますか? 私、接種後2日目で解離にやられました。それに、ワクチン接種した翌日、急性解離で亡くなった方のことが新聞に載っておりました。」
「新型コロナワクチン接種後遺症患者の会」という団体がございまして、2023/07月までに後遺症申請は8000件以上に上っております。死亡は2000件を下らないということです。そして専門部会が、因果関係の有無について精査しております。
非常にデリケートなことなので、因果関係につきましては、私どもは、言及を避けたいと存じます。急性解離に罹患なさり緊急手術をお受けになった方の血管について、事実のみお伝えいたします。
その前に、ワクチン接種後に亡くなった方々に哀悼の意を捧げ、後遺症に苛まれている方々には少しでも心の休まる日が訪れることを祈ります。
手術の際に、解離を起こした方の大動脈の壁を見ますと、解離ではない方のものと比べて、圧倒的に柔らかく、内側の壁と外側の壁とが極端に剥がれ易いのです。人工血管を縫い付けた後で、その縫い目からさらに解離が生じて縫い直しが必要となることさえございます。本質的には、解離の原因はこちらです。こういう、剥がれ易いという壁の性状はワクチン接種によって急激に起きる変化ではありません。
遺伝やなんらかの要因に、さらに長い年月という要素が加わって出来上がるのです。こういう壁が、ある日、ある瞬間に突然剥がれるのです。
問題は、剥がれ易いという性状の壁が、ワクチン接種によってなんらかの原因が生じ、剥がれてしまったのか? それとも、それは単なる偶然か? ということですね?
東北大震災が起きた2011/03/11以降、03/31までの3週間で、私どもが以前勤務していた施設に急性解離で運ばれ、緊急手術を行なった方は17人ありました。急性解離の手術は当時、月に5-6人が通常でしたので、明らかな増加ですよね?
急性解離ではありませんが、「たこつぼ型心筋症」という病気も当時、急激に増加しておりました。この病気は、心身ストレスが原因で、心臓が特殊な形になって動きが悪くなる、というもので、数週間で回復します。
この「たこつぼ型心筋症」の発症には精神的なストレスが大きく関与するのは明らかなのですが、果たして急性解離はいかがでしょうか?
たこつぼ型心筋症になり易い心臓の筋肉の性状については聞いたことがございません。が、急性解離を生じ易い壁の性状は、実際にございます。
もう一つ言えることは、当時の17人の方全て、私どもに搬送された際、150-200という高血圧であった、ということです。
では、高血圧は急性解離の原因と言えるのか?
危険因子である、とまでは言えるのですが、原因であるとは明言できません。これまで急性解離を生じた方「全員」が高血圧であったのではないからです。つまり、血圧は全く正常な方にも急性解離は起きているのです。やはり、本質は、剥がれ易い壁の性状にあるというのが正しい見解でしょう。
高血圧→急性解離が起きる、という1対1対応ではないのです。
確かに、震災やワクチンの副反応に対する恐怖感から、高血圧のある方の血圧が急激に上がって、たまたま剥がれ易い性状の壁が剥がれた、ということは考えられます。
だからと言って、ワクチン接種が原因で解離を生じたとは言えないように思うのです。あくまで、剥がれ易い性状の壁である、ということが本質的なことだと存じます。
剥がれ易い性状の大動脈の壁に、その時に偶然なんらかの原因が重なって起きたと考えるのが自然です。なんらかの原因とは、例えば血圧が高くなったことも一つでしょう。
ですが、血圧が高くなくても解離は起きるので、「血圧上昇→解離発症」ということにはなりません。
ですから、
ワクチン接種→精神的な不安など→血圧上昇→解離発症
という論理には、やはり無理があると言わざるを得ません。
理由は、最後の、「血圧上昇→解離発症」が正しいとは言えないからです。
剥がれ易い壁、という素地がなければ解離は起きないのです。
喫煙→肺がん、とは言えませんが、肺がんにかかった方には圧倒的に喫煙者が多いのと同じで、解離を生じた方の中には高血圧の方が圧倒的に多いと言えるだけで、高血圧→急性解離とは言えないのです。
これくらいにしておきましょう。とてもデリケートな問題です。
家族や知人の大動脈瘤や、急性解離、瘤破裂のことが心配だという方、遠慮なくご連絡ください。
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心臓血管外科 部長 市原 哲也