医療コラム

大動脈コラム Vol.23「正真正銘のヒーローです!」

大動脈瘤があると言われている方、知人・家族の大動脈瘤のことが心配な方へ

心臓血管外科 部長 市原 哲也

 2023年初頭から11ヶ月間の入院生活を終え、ご自宅で新年を迎えることができたという、57歳の男性についてお話しいたします。この方は、以前から数度、このコラムでお話ししてきており、私にとりましては、WBCの選手など、世を賑わせている方々よりも、格段に大きく心を打ち震わせてくれる正真正銘のヒーローです。名前はA.K.くんです。

 

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 改めてプロフィールを紹介いたしましょう。簡単に申し上げますと、東北大震災の2011年暮れから、2023年までのおよそ12年間で、大動脈に関する手術を合計9回もお受けになったのです。

 これまでの経過は以下のごとくです。

  • ①2011年12月 45歳 急性A型解離で緊急手術
  • ②2012年2月   45歳  背中側の大動脈瘤拡大(解離性)に対し人工血管置換
  • ③2020年2月   53歳 腹部大動脈瘤(解離性)に対し人工血管置換
  • ④2021年2月   54歳 大量喀血(血を吐くこと)があり、その原因部分にステント治療
  • ⑤2021年11月 55歳   再び大量喀血で入院中、またしても大量喀血
  •            前回のステント治療部を覆うように再度ステント治療
  • この際にも、真相に至るまでずいぶん回り道をしました。この時のことは、以前にもお話しいたしました。
  • ⑥2022年3月 最初の緊急手術(2011年)で換えた人工血管の、さらに心臓に近い部分(大動脈基
  •         部)が太くなり、その部分を丸ごと置換 (基部置換と申します)
  • ⑦2022年6月 人工血管感染で背中側の2度目の置換手術
  •  この時にも実によく頑張ってくださり、2ヶ月間の入院生活でした。

 これで7回です。今度こそ終わりだ! 8月に生まれた孫も抱っこできる! と、私どももご本人、奥さんもそれはそれは喜んだものです。ところがこれで済まなかったのです!2022年暮れに38-39℃の発熱があり、年明けに入院していただき、熱の原因について探り始めました。

  •  常に頭にあるのは、人工血管感染、または人工弁感染です。この二つは、私どもが最も出会いたくない病気で、まさに「これだけは勘弁してくれよー!!」と祈るものです。が、探った結果、残念ながら、そのものずばりであることがわかったのです。「そのものずばり」とは、人工血管感染です。

 さらに、感染の原因が、前回の6月の時のものよりも、遥かに手強いものなのです。心臓血管外科領域において、世界中の外科医が、診断や治療法について侃侃諤諤(かんかんがくがく)と意見を戦わせている最大の注目事項で、その名を「大動脈―食道瘻←“ろう” と読みます」と申します。背中側の大動脈と食道とは隣り合わせで並んでいまして、特に「弓部大動脈」という場所から背中へ曲がる所で食道と接近しております。このあたりに2度目の手術で人工血管のつなぎ目があり、それに食道が接して、10年という長い年月の間に擦れて食道にキズがつき、食道の壁に穴が開きました。すると食べ物の中のバイキンが食道の外へ溢れ出し、人工血管のつなぎ目を食い潰して「破裂」を引き起こす、というのが、最悪の筋書きです。これが「大動脈―食道瘻」の恐ろしさです。

 この方の場合は、幸いに破裂にまでは至っておらず、人工血管にバイキンが巣くっており、さらに食道からバイキンの援軍が続々と押し寄せている、つまりは破裂に確実に近づいている、という状態でした。方法はただ一つ、まず穴の開いた食道を切り取り、その数ヶ月後にバイキンのついた人工血管を切り取って新しいものに交換するしか命を救うことはできません。この方法に則り、

  

⑧2023年3月に食道を切り取り(食道抜去)

⑨6月に食道を繋ぎ合わせ(食道再建) 

を行いました。これでプラス2度の手術、計9回です!

 驚くべき数字でしょう? さらに驚くべきことには、食道に穴が空いていることがわかったのは2023年2月で、そこから食道がつながった6月下旬までの5ヶ月間、点滴だけで絶飲食、つまり「飲み食い禁止」だったことです。6月下旬、恐る恐る水分からはじめ、サラサラの粥、徐々に硬くしても問題ないことを確かめながら進めました。体重は、元気な頃は60kgを超えていたのですが、長期間の絶飲食で50kg少々にまで減ってしまいました。

 さて、食道手術の次は、人工血管を切り取り再建するという工程が待っております。が、抗生剤がよく効いており、発熱とか、採血検査で炎症反応の値とかが落ち着いておりましたので、人工血管の手術をすべきか否か、その道の知恵者に意見を求めながら、どうするのがいいか、まさに「暗中模索」で進みました。

 理想的には、人工血管を切り取り、新しいものに交換するのが最適ではあります。が危険率50-60%という重い手術ですので、逃げられるものならば逃げたい、手術は避けたいと願いました。この点滴を続けつつ、熱が出ないか、採血で問題はないかを探りながら、2ヶ月間続けました。この間にも高い熱が制御できず、炎症反応が高くなるなどの兆候が見られれば、やはり、人工血管手術に踏み切らねばならない、という状態で恐る恐る進めました。幸いにも、「やるしかないか・・・」ということにはならず、抗生剤の点滴で様子を見ながら進んでくることができました。

 そんなに心配だったらやればいいんじゃないか?? とお思いになるでしょう? それがそうも行かないのですよ。理由は、手技上の困難さ、イコール命の危険の大きさにあります。具体的には、背中側の人工血管を交換するのは左側の胸の中に入らなければなりませんが、そこへ入るのは3度目ですので、肺がバリバリ、ガチガチにくっついており、これを傷付けずに剥がすことがまず超困難であること。食道と人工血管とが接していたあたりのくっつき方が同じくガチガチで、簡単に交換できないこと。の2点です。これを行うとなると、危険率50-60%であり、かなりの危険を伴います。

 ですから、感染の制御ができなくなり、「やるしかない」という状態にならなければやるべきではない、という方針が適切、という大方の意見で、それに則って進みました。熱が出ないか? 炎症反応はいいか? 常に、ハラハラドキドキして過ごしました。幸いなことに、大きな状態の崩れはなく9月に入り、このまま逃げ切らせてください! と、神頼みの毎日でした。このまま人工血管手術が要らないままでいてくれるとなると、退院の希望が見えて来ます。すると問題は、点滴の抗生剤です。飲み薬に替えなくては退院できません。

 飲み薬は、バイキンに対する効き具合が点滴より劣るので、飲み薬に替えると、それでまた熱が出たり、炎症反応が上がったりして、点滴に戻す必要があります。実際、この方も、一度飲み薬にしましたが、3週間ほどで、また点滴に戻さなければなりませんでした。それで再度落ち着いたところで、また飲み薬に替え、様子をみたところ、11月に入り落ち着いたままでいてくれて、さらに3週間観察し、11月の終わりにめでたく退院となりました。

 しかしながら、これで万歳とはなりません。闘いが終わったわけではないからです。ずっと、バイキンが盛り返して来ないか、熱は出ないか、炎症反応は上がらないか、これとの向き合いなのです。言うまでもなく、これらの症状が現れれば手術に踏み切らねばなりません。まさに、毎日が生きるか死ぬかの決戦です。今もその真っ只中にあるのです。

 

 いかがですか? 私が、WBC選手には比べものにならないほど心を打ち震わされている理由がお分かりいただけますか?

   

 これまで何度、本人(A.K.くん)、奥さん(J.K.さん)に、危険だ、とても重い、覚悟を・・・など、話して来たことでしょう。その度に、本人も奥さんも、一言「全てお任せします。」と言ってくださいました。喀血のあった20212月以来、かなりきわどい話をしながら進んで参りました。お二方とも、決して取り乱すことなく、終始落ち着いていらっしゃいました。特に、2023年の1月からの11ヶ月間に及ぶ入院生活の中で、A.K.くんは、泣き言一つ漏らしませんでした。「死」と文字通り向き合うという、想像を絶する不安、恐怖にずっと苛まれながらも、リハビリに力を注ぎ、常に前向きでした。私でしたら、間違いなく逃げ出していたことでしょう。A.K.くんの主治医であることを心から誇りに思います。

 奥さんのJ.K.さん、帰りの車で涙し、車を止めざるを得ないことが多々あったことでしょう。よく、私の言うことに信頼をおいてご理解をいただきました。本当に辛かったことでしょう。

 このまま「やるしかないか・・・」という事態にならないよう、切に祈ります。

   

 私のヒーロー、世界一のヒーロー、A.K.くん、私の40年近い外科医人生で、最も心が震えました。生きていてくれてありがとう。とても多くのことを教えてくださいました。

 そして君は、同じ病気をお患いの方々に、とても大きな勇気を与えています。2度目の手術が必要になった方が「なんで俺だけ!?」と怒りを露わになさったので、君の話をしたら、それきり黙って、素直に手術を受けてくれることになりました。

 

 A.K.くん、貴方の勇気には心より敬服申し上げます。J.K.さん、いつも彼を支えていてくれて、私にも全幅の信頼を置いてくれてありがとうございます。この夫婦には、二人の息子さんがあるのですが、この息子さん方が、余計なことは何もおっしゃらず、ただただ私どもの考えを理解し信頼してくださり、ご両親を支え、応援してくださってます。不安だったことでしょうに、ありがとうございます。この場を借りて感謝いたします。

 

 今回は、12年の間に9度の手術をお受けになった若い男性から「強いというのはこういう人のことを言うんだな」ということを教えられましたので、その勇気を讃えるとともに、私も、これまでのどんなことよりも心を打ち震わされたことに対し、心より感謝の意と敬意をこめてお話しいたしました。

 

家族や知人の大動脈瘤や、急性解離、瘤破裂のことが心配だという方、遠慮なくご連絡ください。

     

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