大動脈コラム24「大動脈瘤の恐ろしさ」
心臓血管外科 部長 市原 哲也
先日、64歳の元気な男性が、腹部大動脈瘤破裂で亡くなりました。この方は、数ヶ月前に健診でコレステロールが高い以外は特に何も問題は指摘されませんでした。ある日、午前10時頃、突然腹痛に襲われ、数回嘔吐し、救急車を呼び、私どもの病院に運ばれました。
到着時、血圧50-60、顔面蒼白、冷や汗で「腹が痛い!!」と強く訴えていらっしゃいました。救急医がすぐにCTを撮影し、腹部大動脈瘤破裂と診断されそのまま手術室へGo、となりました。
手術は無事に終わりましたが、その数日後、突然心臓が止まってしまい、帰らぬ人となりました。人工呼吸器が外され、ご自分で息をなさり、良いところまで漕ぎ着けたと思っていた矢先の出来事でした。やはり、破裂というのは、身体の状態が極限まで落ち込んでいますので、元通りに戻るというのは、とても困難なことなのです。
とても残念で悔しいです。元気にお帰り頂きたかったです。
息子さんがお別れ際に、「父の死を無駄にしたくありません。世の中の方々に大動脈瘤の早期発見の大切さを広めてほしい」とおっしゃてくださり、このたびお知らせする次第です。
「大動脈瘤って、ふくらんでるだけでしょ? 何がいけないの?」
と、よく尋ねられます。大動脈瘤があるだけでは、痛くも痒くもなく、自分で気がつくことはまずありません。胸の大動脈瘤のある場所によっては、「声嗄れ」という症状の現れることがございますが、声が嗄れたからといってまさか大動脈瘤ができているとは思わないでしょう?
あるいは、痩せた方で、腹にドクンドクンする塊を触ることができる、という訴えで、検査すると腹部大動脈瘤があった、ということがございます。
大動脈瘤の症状と言えば、この二つです。
もう一つ、ヒントは「高血圧」です。
「高血圧」イコール「大動脈瘤」とはなりませんが、
大動脈瘤のある方は、高血圧であることが圧倒的に多いのです。
私どもの調べた限りでは、術前、血圧正常、と言われていた方も、術後必ず血圧を下げる薬(降圧剤です)が必要となり、ほぼ100%の方が高血圧と言わざるを得ません。ですから、高血圧は要注意なのです。「血圧が高いだけだろ??」と言っていてはいけないのです。
俺は血圧も正常だし、何ともないから平気だ、と大抵の方は瘤のことなど気にもかけません。ところが、ある日のある時、突然「胸が痛い、苦しい!!」「腰が痛い!!」「背中が痛い!!」、この男性のように「腹が痛い、嘔吐数回」という症状が現れて救急車を呼ぶ、あるいは、突然気を失って、目が覚めたら救急車内だった、ということで、病院に着いて調べたところ、大動脈瘤破裂で手術室へ、ということになるのです。これはまだ運のよろしい方です。
最悪なのは、痛い、苦しいと訴えながら気を失い、あるいは何も言わずに気を失い、その場で帰らぬ人となる、ということです。そして、こちらの方が圧倒的に多いのです。大動脈瘤破裂の70-80%はこちらです。残りの20-30%しか、病院に辿り着きません。辿り着いた方はすぐに手術室へ運ばれるのですが、手術してもおよそ半分の方しか助かりません。ですから、破裂で助かるのは10-15%ということになり、かなり厳しいことなのです。
例に挙げた男性は、この20-30%に属し、手術が無事に終わり、その後の経過もまずまずでしたので、そのまま良くなってくれるかな???と期待しておりましたが、残念なこととなりました。
このように、大動脈瘤は、症状が出るまでは何ともなくて、ある時、突然、激烈な痛み、苦しみ、あるいは気を失う等の症状に襲われ、そのまま落命に至ることの多い、“silent killer”とでも申しましょうか、黙ってあの世に連れて行く病なのです。
では、どうやって、大動脈瘤があるとわかるのか?
多いのは、別の件で病院にかかり、胸の場合はレントゲン写真で異常が指摘されたり、腹の場合は超音波検査(エコーです)で瘤が見つかったり、ということです。
とにかく、エコーとかCTとか、画像による診断が必要です。
健診でも、全身CTの入っていないものは、エコーで腹の瘤がわかるのが限界です。胸の瘤にはCTが必要です。
Silent killerに襲われないためには、エコーとCTに頼るしかありません。「私は大丈夫」「俺は平気」という自信は何の当てにもならないのです。
家族や知人の大動脈瘤や、急性解離、瘤破裂のことが心配だという方、遠慮なくご連絡ください。
【心臓血管外科へのご相談】
心臓血管外科 部長 市原 哲也