大動脈コラム26「解離で助かることの尊さ」
心臓血管外科 部長 市原 哲也
解離の恐ろしさについては、このコラムでも幾度となくお話して参りました。何が恐ろしいか?何と申しましても、その場で命を奪われるということです。
特に、A型解離という、緊急手術を要するタイプのものは、70%の方がその場で亡くなり、30%の方しか病院に辿り着けないという恐ろしいものです。別の言い方をすると、24時間以内に90%の方が亡くなる、という恐ろしさです。
こういう激烈な現れ方をするものですから、すぐに救急車を!ということになり、病院へ運ばれます。
しかしながら、車内で心臓が止まってしまって蘇生を施されながら病院に到着、ということも少なくございません。
到着次第、手術室へ!とできる施設であればそうしますが、心臓血管外科のない施設だと、そうは参りません。よそを探す必要がございます。そうして、手術に間に合う方が総じて30%、ということなのです。
ここに至るまで、非常に多くの方々の善意のリレーが介在するのです。
ですから、A型解離で助かった、ということは、とても尊いことなのです。
先日、こんな方がいらっしゃいました。
32歳の男性、数ヶ月前に父親になったばかり、激烈な胸の痛みで救急要請し私どもの病院へ向かいましたが、車内で心臓が止まり、救急隊員によって蘇生が施されましたが、到着時、なす術がなく帰らぬ人となりました。赤ちゃんを抱いてついていらした奥さんは気丈にも涙を堪えて佇んでいました。その男性、どれほど無念だったことでしょう。
なぜ、今更このような話をするかと申しますと、このところ、A解離の手術後の入院生活において、「辛い、こんなことならあのまま死んでしまえば良かった」とか、「助からなきゃ良かった」などと、とても生きていることが不服そうにおっしゃる方が目立つのですよ。
さぞ辛かろう、それはわかります。なので、辛いのは今だけです、そのうちに楽になって、生きていて良かった、と思えるようになります。
時間が薬です、生きている喜びを噛み締めることができるようになります、と申しますと、あるご婦人は、何とおっしゃったと思います?
「年寄りみたいなことを言うんですね!?」
32歳の男性のことを話すと、それは運がなかったのですよ、と・・・・。
色々な方がいらっしゃいますので、仕方ないことですが、私も人の子でして、どうにも気持ちのやり場が見つかりませんでした。
術後の痛み、苦しみは辛いものでしょう。「あんたにはわからないわよ!」と言われ、それは確かにそうなのですが、少なくとも分かろうと努力しております。
そして、その辛さには時間が薬であることには間違いございません。
生きている証拠なのです、言ってみれば。32歳の男性は、そういう苦しみすら訴えることができなくなってしまったのです。
術後の入院中のみならず、退院して数ヶ月経っても、外来で、だるい、やる気が起きない、挙句には、死んでしまえば良かった、なんで助かっちゃったんだろ・・・とおっしゃる方が後を断ちません。
助かったのはひとえに、神の采配です。神が、関わっている人々を動かして助けさせたのです。私にはそうとしか思えません。
ですから、辛い、苦しいのはわかりますが、死んでしまえば良かった、とか、年寄りみたいなことを言う、とかおっしゃらないでください。
生きている、と言うより、生かされているのです。助けられたのです。
無念にも、間に合わなかった方々の分まで、一所懸命生きてください。
生きているだけでとても尊いことなのです。
それが年寄りじみてるって?
ご容赦くださいね〜!
家族や知人の大動脈瘤や、急性解離、瘤破裂のことが心配だという方、遠慮なくご連絡ください。
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心臓血管外科 部長 市原 哲也