大動脈コラム3「大動脈瘤の治療が必要な理由」
心臓血管外科 部長 市原 哲也
前回は、大動脈瘤検査には、断層撮影(CT)が非常に短時間で終わり、かつ有用であることをお話ししました。 今回は、大動脈瘤はなぜ治療の必要があるかについて述べたいと思います。
大動脈瘤というのは、分かりやすく申し上げると血管の“こぶ”です。ただ、“こぶ”と申しますと、やや硬くて破れにくいという印象を受けますので、 “風船”の方が想像しやすいと思います。風船は、大きくなれば当然破れやすくなります。動脈瘤も同じで、大きくなると破れやすくなるのです。 この“破れる”ということは、何を意味するかと申しますと、それはもう“死”なのです。
その破れ方は2通り、①じわじわ型 ②ドッカン型 に分けられます。 病院で診療を行っておりますと、救急車やヘリコプターで運ばれて来る方々がほとんどで、 それらの方々は、①の『じわじわ型』が圧倒的多数です。 こう聞くと「破裂してもほとんどが病院にたどり着いて助かるのか」とお思いになるでしょう。ところが実際はそうではないのです。 結論から申しますと、大動脈瘤破裂で病院に辿り着く方の割合は25~30%で、残りの70~75%の方は、たどり着くことなく亡くなっているのです。 病院にいる私たちにとっては、辿り着いた方ばかり目にしておりますので、医師の中にも「破裂しても、ほとんどが辿り着いて助かる」と誤解している者が多いのです。 辿り着けない70~75%というのは、ほとんど②の『ドッカン型』です。『じわじわ型』でも、痛みや苦しみを我慢している間に残念なことになってしまうというケースもあります。
ひとたび血管にできた“こぶ”が破裂すると、4人のうち3人はあっという間に亡くなり、たった1人しか病院に辿り着かないということになります。 この数字は衝撃的ではありませんか?
それでは次に、この大動脈瘤破裂が起きた場合、どのような経過を辿るのかをお話しします。 ②の『ドッカン型』は、まさに突然起こります。今まで一緒にご飯を食べて笑っていたのに、いきなりテーブルに突っ伏し、そのまま亡くなるというようなタイプです。 これは痛くも痒くもありません。突然、意識を失いますので、本人にとっては眠りにつくのと同じです。 ①の『じわじわ型』は、文字どおり“じわじわと染み出す”のです。 大動脈瘤の壁にひびが入り、じわじわと血が滲み出して、周囲の脂肪組織に染み渡るように広がっていきます。 これが、神経や近くの大事な臓器を押さえることで痛みや苦しみとなって表れます。大抵の場合、血圧が下がって冷や汗をかき、体に触ると嫌な冷たさを感じます。
この間に救急車を呼び、然るべき病院へ運ばれれば、先に述べた25%~30%にあたる「辿り着いた」となるのです。 このように病院へ運ばれ、大動脈瘤破裂の緊急手術で生還なさった方に、後にお聞きしますと皆さん、一様に「痛くて苦しくて、絶対に死ぬと思った」とおっしゃいます。 そこで、救急搬送を受け入れた私たちのやるべきことは、まず強い痛み止めを注射して痛みを取り除き、それでも効かなければ、麻酔をかけ人工呼吸器を装着する必要があります。 いわば、痛みと“死の恐怖”を除去することから始まるのです、検査はそれからです。そして、その後 懸命な治療を施しても助かる率は、ほぼ半数です。
このように、大動脈瘤破裂というのは、ほとんどの方の命をあっという間に奪うものなのです。 だからこそ、大動脈瘤は破れる前に正しい治療を受ける必要があるのです。大きさ(太さ)・場所・種類がはっきりしたら、とにかく治療を始める必要があるのです。 自分自身、そして大切な方が突然亡くなるという悲劇を回避するためにも、まずは正しい治療です。 治療ですが、大動脈瘤をお持ちの方は大抵、高血圧がおありなので、まず血圧を落ち着かせる服薬から始めます。 そして大動脈瘤の状態によっては、手術の必要性が常に検討の対象になってきます。
ですから「大動脈瘤がある」と言われたら、このことを正確に理解していただく必要があるのです。
前にも述べましたが、大動脈瘤について治療を受けていながら、破裂で緊急手術が必要となる方が多く見受けられるのです。 あるいは、以前に1度 大動脈瘤があると指摘されながらも放置していたがために破裂に至り緊急手術を受けた、という方も多いのです。 こうした悲劇を繰り返さないためには、大動脈瘤について正しい理解を求める以外に方法はありません。
次回は、太くならずに破裂する “大動脈解離” についてお話しします。
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