
大動脈コラム30「世の中の心臓血管外科医への賛歌」
心臓血管外科 部長 市原 哲也
日頃から患者さんやそのご家族の方々と話をするたびに、思うことがございまして、それをお話ししたいと存じます。
多くの方々は、たとえば急性解離で手術を受けて助かった、あるいは、予定の大動脈瘤手術で、脳などの後遺症がなく無事に退院できた、など、とても喜んでくださいます。が、中には、生きる気力が湧かない、死んだ方が良かったなどとおっしゃる方もまた多いものです。また、そこまで行かずとも、痛い、辛い、こんなに辛いなら手術など受けなければ良かった、と、盛んに訴える方も多くいらっしゃいます。
こういうことに遭遇するたびに、こんなことを思うのです。「みなさん、俺たちのやってること、わかってくれてないな・・・。」と。
そこで、私どものやっていること、ひいては、世界中の心臓血管外科医を含めて、外科医のやっていることを、自らに対してと、世界中の外科医に対して敬意と称賛の意をこめてここにお話しいたします。そして、手術を受けた方々、その家族の方々には、こんなことをしてもらっていたんだ!?大事に生きなきゃ、人生を楽しまなきゃ、と少しでも感じていただければ幸いです。
手術には、予定手術と緊急手術とがあります。これは、お分かりいただけるでしょう。予定手術は、何月何日にやりましょうね、というものです。緊急手術は、正月、お盆、土日祝日、また、昼夜を問わず、必要な方には随時行われるものです。
手術の内容は、大きく分けて冠動脈バイパス、弁膜疾患、大動脈疾患があり、それぞれに予定のものと緊急のものとがあります。このコラムの性質上、大動脈疾患に比重は偏りがちですが、それぞれ重い手術です。が、やはり、体への負担は大動脈手術が群を抜いて大きいと言わざるを得ません。患者さんに対してだけでなく、外科医に対してもそうなのです。
まず、手術そのもののことをお話しします。
心臓血管外科医と聞くと、みなさんは、ドラマでよくご覧になっているように、とても華やかでかっこいい❤️というイメージをお持ちになるのではありませんか?あるドラマでは、心臓関係ではありませんでしたが、「わたし、失敗しませんので!」という女医が颯爽としていましたね?
実際は、あんなに華やかでも、かっこよくもないのです。
まず、手術に際して、清潔な水のシャワーで「手洗い」と言って、肘から指先まで入念に消毒し、洗い流します。そして手術室に入り、スタッフにガウンを着せてもらい、手袋をします。そして、麻酔のかかっている患者さんの体を消毒して、清潔なシーツを掛け、スタッフ間で確認事項をチェックし合い、いよいよ手術が始まります。
手術の内容により違いますが、ナイフで皮膚切開、胸を開く、あるいは腹を開いて次には人工心肺の装着です。腹の場合には、人工心肺は必要ありません。患者さんの体を冷やして、人工血管操作、そして出来上がったら、体を温めて人工心肺ストップです。さらに血止め作業に数十分から1-2時間、そして、胸や腹を閉じてキズを縫って終わり、「ありがとうございます!」という流れです。
なーんだ、そんなことか!?とお思いになるでしょう。
手術時間は、短いもので3-4時間、多くは5-7時間、長くなると10時間、時には18-20時間かかったりします。
外科医は、手術中どうしていると思いますか?
服装は、頭には帽子、拡大鏡、ヘッドランプをつけ、首から上はほぼ固定です。体はガウンに手袋です。そして、これが、みなさんには想像できないと思いますが、手は肩から上へは挙げられません。清潔維持のためです。ですから、頭が痒い、ほっぺが痒い、痛い、首が凝ったと言っても、どうすることもできません。そして、足元は、だいたい30cm四方の範囲でしか動けず、疲れたーと言ってへたり込んだり、膝に手をついて項垂れることもできません。
言ってみれば、風呂の腰掛けの上で、前ならえの姿勢で数時間を過ごすようなものです。想像できますか? 汗を拭くことも、喉が渇いて水分補給も全て、外回りのスタッフの手を借りて行います。とにかく、清潔維持のために、気を遣うのです。
清潔維持もさることながら、最も大切なことは、一つ一つの手技がそのまま生命の維持に直結するということです。ミスは避けたいものですが、不可抗力的に起きることがございます。その場合、直せればいいのですが、直せない場合には、そのまま残念な結果に陥ります。滅多にあることではないのですが、このように、判断を誤ったり、手技をやり損なうと、そのまま患者さんを奈落の底へ落とし込むことになるのです。その緊張たるや、なかなかのものです。ここ一番でホームランが欲しいという場面での緊張とはまた別物です。野球なら、そこで三振しても、「あ〜あ・・・」とガッカリするだけですが、心臓血管系の手術では、そのまま命を失うことになるのです。
環境も然りです。手術中に外科医の立つ位置は、無影灯という大きなランプの下で、結構「暑い」のです。空調がよく効いており、空気がカラカラで、汗をかくのと相まって容易に脱水状態に陥ります。手術が終わると、喉がヒリヒリして声が出しづらいし目は眩みます。また首、肩が凝り、背中、腰、膝もつらく、体のダメージは甚大です。
これは、手術の道具である器械を渡してくれる、「器械出し看護師」も同じです。ただ、彼らは時間で交代ができますが・・・。
これが、予定手術であればまだいいのです、朝、決まった時刻から始まりますから。しかしながら、
緊急手術となると、そうは参りません。
さて、寝ようかと床に入った途端に「A解離です!」と連絡を受けたり、ぐっすり寝ている間に呼ばれたりします。これが、正月、日祝日を問わずやってくるのです。気の休まる時はないのです。車で言うなら、常にエンジンをかけたままの状態です。当然アルコール摂取は禁物で、遠出はできません。連絡を受けてから30分から1時間以内には院内に居なければなりません。1チームしかない施設が大半ですので、ほとんどの心臓血管外科医で「術者」、あるいは英語では“operator”と呼ばれるchief surgeonは、24時間365日、常に「オンコール」という状態、つまりエンジンの切れない状態で過ごしているのです。
もちろん、夏休み、正月休みは取りません。と言うより取れないのです。何チームもある大きな施設は別ですが。
お一人の手術が終わったら、それで終わりにできればよろしいのですが、術後の管理がございますし、さらにまた別の緊急の方が現れればそのまま手術室へ、ということもあるのです。
いかがです?ドラマのかっこいい外科医とは雲泥の違いがあるでしょ? みなさんが思っている以上に、外科医、特に
心臓血管外科医は過酷なのですよ。中には、術中、低血糖や脱水、低血圧などで倒れ込む者もあります。
本当に、我ながらよくやっているな、頑張っているな、と褒めてやりたいです。そして、全世界の外科医、特に心臓血管外科医に、「ブラボー!!」と、拍手喝采を浴びせたいです。
こういう壮絶な時間を過ごして、一人の命が救われるのです。
緊急手術を受けて生還なさった方、あるいは、予定手術前に合併症、危険率など、とても聞くに耐えないことを耳にして生きた心地がせず、それでも勇気を奮って手術にお臨みになり、無事終わった方、はたまた合併症に苛まれている方、それぞれに思いはございましょう。
でも、私ども心臓血管外科医は、緊急手術であれば文字通り命を救おう、予定手術であれば破裂の恐怖から解放されて楽しい人生を送っていただこう、ご本人にもご家族にも安心していただきたい、ただそれだけのために、過酷ではありますが、手術に臨んでいるのです。
でもなかなか思うような良い結果に終わらないことが多々あるのもまた事実です。手術は順調に終わったのに、脳障害をはじめ様々な合併症が起き、車いす生活やベッド上生活となってしまった、というような後遺症にずっと向き合わねばならなくなることもございます。
「なんでこんなことに・・・」ということは往々にして起きるのです。
そして、ご家族への説明をするのですが、なかなか理解していただけないのが通常です。理解はできますが、納得できません、という、本当に困ってしまうことが多々ございます。
私ども外科医は、手術自体も心身をすり減らしているのですが、術後の状態に対しての方がより神経を使っているのです。そして、何か起きた場合にご家族への理解を求めることにはもっとエネルギーを使うのです。なかなかわかっていただけないものですから。そして、ご家族の方々は往々にして上手に行って当然、何か起きるはずはない、という気持ちが強いものですから。
一人の人に手術を行うというのは、本当に気を遣います。むしろ、手術そのものの方が楽なくらいです。過酷ではありますが、自分の手や判断でコントロールできる範囲のことがほとんどですから。
今回は、世の中の心臓血管外科医を含めていわゆる外科医に対しての賛歌を歌うようなつもりで書き綴ってみました。すごいのはメジャーリーガーを含め、スポーツ選手だけではないんだぞー!!と。
こういうことを言うと、「でも、あんたら、それが仕事でしょ?」とおっしゃる方がいらっしゃるでしょうね?それはそれでいいのです。
わかってくださる方が数名いらっしゃるだけで救われます。
次回は、手術は外科医だけではできませんので、外科医以外の者たちの動きについてお話しします。そのうちに、外科医が普段から自分の体をどう労わっているか、どうケアしているかについてもお話ししたいと存じます。
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心臓血管外科 部長 市原 哲也