大動脈コラム5「急性解離の治療」
心臓血管外科 部長 市原 哲也
今回は、急性大動脈解離と診断が確定してからの治療についてお話し致しましょう。
急性解離の症状は、ほとんどの場合、激烈な胸や背中の痛みで始まります。あるいは突然、気を失ったり、腹部が痛くなったり、 足の色がどす黒くなって、更に痛くなったりします。あるいは、それらの痛みが移動したりもします。そのため、治療の第一は痛みの除去です。 そして急性解離による痛みは、ほとんどの場合、死を予感させる程激烈なものなので、ご本人は当然、死の恐怖を感じます。 痛みと死の恐怖を除去するためには、強い鎮痛剤が必要で、大抵 “麻薬”が使われます。それでも除去できない場合は、全身麻酔で眠っていただき、 人工呼吸器を装着することが必要になります。同時に多くの場合、血圧が200を超えてしまうなど、非常に高い状態なので、血圧を下げる点滴を始めます。 この処置は、とても大切です。血圧が高いままにしておくと、薄い皮一枚でかろうじて守られている血管が破れてしまう危険性が高まります。 前回も申しましたが、解離は「痛い」のもいけませんが、最もいけないのはこの『破れる』ということなのです。破れる=あの世へ、ということですから…。 こういう治療を進めつつ、すでに診断が確定しており、すぐに手術が必要(=緊急手術)か否かも決定していますので、緊急手術が必要な場合は、 その準備も同時に進められていきます。
これに関しては、色々な話があります。ある病院で、救急担当医により、診断がつき、緊急手術が必要だと判断され、心臓血管外科医に緊急手術の依頼がなされました。 そこまでは、非常に迅速に進められたのですが、そこから先がいけませんでした。その外科医は、夜中だったこともあり状態も安定していたので、 翌朝から手術を行うつもりで患者の家族に、「今すぐ手術する必要はなく、明朝9時から手術を行います。」と話しました。 ところが、その1時間後 具合が急変し、あっという間に血圧がなくなり、そのまま亡くなってしまったのです。死因はもちろん、急性解離による大動脈破裂でした。
このように、この病気は時間が鍵を握ります。「今は状態が落ち着いている」という言葉は、何の助けにもなりません。 そうです、『一寸先は闇』なのです。ですから私達は「こんな方がおり、緊急手術の必要があると思うのですが」と依頼を受けたら、その場で手術の準備を始めることにしており、 他の病院から運ばれてくる場合は、搬送中に手術の準備が整います。もちろん、夜中だろうが、正月の最中だろうが関係ありません。 私自身、1000人以上の方の急性解離手術を手がけてきましたが、こういう依頼を受けると、待っている時間がとても長く感じられて仕方がありません。
中には、ご家族で「外国にいる本人の息子がおり、今から連絡を取るから、顔だけ見せてやってからにしてほしい」とおっしゃる方がいらっしゃいますが、 そんな場合には「お願いですから、とにかく必要なことを優先させて下さい」と、頼み込んで手術室に向かうようなことがあるのです。 この病気は、時計とにらめっこ、なのです。
ここまでは、状態の安定している方のことについてお話し致しました。ここからは、状態の不安定な方についてお話しします。 状態が「安定している」「不安定である」というのは、どういうことを言うのでしょうか?それは、血圧・脈拍数・意識の状態・皮膚の色・冷たさなどが指標となり、 これらに問題が見受けられなければ「安定している」と言い、問題があれば「不安定である」と言います。 安定している場合でも、時間との戦いであることに違いはありません。不安定な場合には尚更です。 中には、救急車で到着寸前に血圧がほとんどなくなり、救急隊員により胸骨圧迫(=心臓マッサージ)が施されながら運ばれて来て、 そのまま手術室へというようなことがあります。ここまでの方は稀ですが、多くの場合は、血圧が70とか80とかで脈拍はやや速く、首から上がどす黒く、 皮膚は冷たく、冷や汗が見られる、という状態です。いずれにしても、急ぎます。違いは急ぐ度合いだけでしょう。最後に、もう一度申します。 急性解離というのは、本当に恐ろしい病気です。つい今まで談笑し、食事を共にしていた方が目の前で突っ伏して、そのまま永遠の別れになる、そんな病気なのです。
さて、私共は
という2本柱で、24時間365日診療を行っております。
どのようなことでも結構です、連絡をお待ち申し上げます。お役に立てれば幸いに存じます。
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心臓血管外科 部長 市原 哲也