医療コラム

大動脈コラム Vol.9「背中側の大動脈置換」

大動脈瘤があると言われている方、知人・家族の大動脈瘤のことが心配な方へ

心臓血管外科 部長 市原 哲也

今回は、背中側の大動脈瘤の手術についてお話しいたします。

<図1>

<図1>をご覧下さい。
背中側の大動脈、名前は下行大動脈、略して『下行』と呼びます。
特に頭や腕に血液を流す枝(図1で3本の角のように出ているもの)、このすぐ下流にできた瘤(赤丸印)は、近位下行大動脈瘤または遠位弓部大動脈瘤といい、 『遠位弓部瘤』と呼ぶことが一般的です。

<図2>

<図2>のようにこの遠位弓部瘤に対し、直接この瘤だけを取りに行くのが最も単純明解で1度で済む、安全な方法であることは間違いありません。 安全、とは申しますものの、一定の危険率を伴うことは含み置いてのことですが。

先日、こんな相談を受けました。その方は、直径65mmの遠位弓部瘤なのですが、数年前に急性A型解離で上行大動脈置換がされておりました。 <図3>のような具合です。 これに対して、手術方法として担当医から話しがあり、その説明に使われた用紙をお持ちになっておりましたので、読みましたところ、こんなことが書かれてありました。 わかりやすくお話しいたします。まず、<図4>のように、☆☆印の人工血管を入れ、後日 改めて<図5>のように、☆☆☆印の人工血管で目的の瘤退治をする、という方法です。 用紙には簡単な絵が描かれてありました。

<図3>

<図4>

<図5>

紙に書けば、とても簡単そうに感じられますよね? でも実際は、大手術なのです。しかも、その大手術が短期間に2度行われるのです。 <図4>及び<図5>の☆☆印の人工血管を入れる手術は、『弓部大動脈置換』というもので、これ自体が危険率数%という大手術なのです。 しかも、以前の急性解離手術の際に作った、胸の真ん中のキズをもう一度開いて行うので、さらに危険率は大きくなります。 この手術のあと、体力回復を待って左脇腹を切り、本来の遠位弓部瘤の手術をして<図5>の☆☆☆印の人工血管を入れる、という手術方法です。

<図6>

担当医は色々と深い思慮をお持ちなのでしょうから、示された手術法に対して私は何も申し上げません。 私どもならば、<図6>のように、直接、☆☆☆印の人工血管を入れる手術を致します。左脇腹のキズだけで、胸の真ん中のキズを再度開くことなく、です。 危険は少しでも小さい方がよいことは自明でしょう。それと何より、☆☆印の弓部置換後、待っている間に、本来の遠位弓部瘤が破裂する危険がありますので、 私どもは目的の瘤だけに焦点を絞って手術するのが最善であると考えます。もちろん、この☆☆☆印の手術だけでも、大手術であることには変わりはありませんが。

ご存知のように医療は日々進歩しています。報道により、目新しい治療法がみなさんの目に触れる機会は多くなっております。 そして、一部の報道には、「新しい治療法が最善である、これを受けない手はない、知らないと損!」あるいは 「いい施設ランキング!手術件数全国ランキング上位50発表!」式の伝え方がされているのを目にします。 さらには、取材を受けたり、ランキングに載ったりする施設は、当然世間に認知されるようになり、患者さんがより多く訪れるようになります。 患者さん側からすれば、大動脈瘤であれば破裂が怖いし、どうしていいのかわからないから、目の前の医師に言われるがまま進めてもらうということがほとんどでしょう。 しかも、その医師が、ランキングに載っている施設の医師だとか有名な人だったりすると「おっしゃる通りにいたします」ということになりがちですね?

しかし、大切なのは、医師が親身になって、自分が患者だったらどうして欲しいか、あるいは自分の家族が患者だったらどうするか、 ということを中心に診療を進めているのか否か、あなた方ご自身の感性で感じ取ることです。 大半の医師は、あなた方からすると、息子や娘のような年齢の者でしょう?どんなことを考えているかは、ピンと来ることがあるはずです。 繰り返しますが、手術件数が多いからとか、有名だからとかいうことで全てを任せてしまわない、心を奪われないことです。

今回は、ご相談内容に非常に違和感を覚えましたので、巷で見聞きするできごとについて思っていることを含め、お伝えいたしました。 何かございましたら遠慮なくご連絡下さい。

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心臓血管外科 部長 市原 哲也


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