医療コラム

大動脈コラム Vol.18「最強の敵と遭遇いたしました!」

大動脈瘤があると言われている方、知人・家族の大動脈瘤のことが心配な方へ

心臓血管外科 部長 市原 哲也

病状の軽い方から重い方まで色々な患者さんがいらっしゃいます。この度、特に重い方がいらっしゃり、2ヶ月の入院を余儀なくされましたが、退院なさいましたので、その方のお話をいたします。この方は、以前、このコラムでお話しいたしました。その折りには、最初の緊急手術から10年の間に5回の手術をお受けになりました、(※大動脈コラム Vol.15「またしても患者さんから教えられました」ということをお話しいたしましたが、何と、今年に入り、2度の手術をお受けになり、10年半の間に、合計7度の手術をお受けになったのです。

解離という病は、一度で終わりというわけには行かないことが多々ある、という話をいたしましたが、7度というのは、以前、お話ししたご婦人に並ぶ回数です。このご婦人もそうでしたが、お二方とも、「もうだめかしら・・・」「俺は一体どうなるのだろう・・・」という不安や恐怖に苛まれ、生きた心地がしないはずなのに、一言もそれらしいことをおっしゃらず、常に前向きに捉え、私どものことを信頼して共に歩んでくださいました。その尊い気持ちに感謝するとともに、ただただ敬服申し上げる次第です。ご婦人は、長い闘病の末、残念ながらお亡くなりになりましたので、敵の強弱からすると、そのご婦人の病の方が強いのですが、このたびの紳士は、ご生還なさった方の病の中では最強!と言えると存じ、お話しいたします。

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心臓血管外科チーム 手術の模様

これまでの経過は以下のごとくです。

   

  • 1. 2011年12月 45歳  
  • 急性A型解離で緊急手術
  •    
  • 2. 2012年2月  45歳   

背中側の大動脈瘤拡大(解離性)に対し人工血管置換

      

  • 3. 2020年2月  53歳

腹部大動脈瘤(解離性)に対し人工血管置換

   

  • 4. 2021年2月  54歳  

大量喀血(血を吐くこと)があり、その原因をなっている部分にステント治療

   

  • 5. 2021年11月 55歳 

再び大量喀血で入院中、またしても大量喀血し、前回のステント治療部を覆うように再度ステント治療

この際にも、真相に至るまでずいぶん回り道をしました。この時のことを、以前お話しいたしました。

これで5度です。

   

今年に入り、  

  • 6. 2022年3月  
  • 最初の緊急手術で換えた人工血管の、さらに心臓に近い部分(大動脈基部)が太くなり、その部分を丸ごと置換(「基部置換」と申します)

これで、終わりだと、私どももご本人、奥さんも安堵しておりましたところ、5月末から38度代の熱が出たと連絡があり、6月の初めにお越し願いました。当初、あまり重症感がなく、それだけは幸いなことでしたが、私どもは、嫌なことを考える習性がございまして、まずご入院いただき、熱の原因について嫌なものから探り始めました。これだけは勘弁してくれよー、と祈るのですが、探った結果、残念ながら、そのものずばりであることがわかったのです。「そのものずばり」とは、人工血管感染です。これは、文字通り、人工血管にバイキンがついてしまうのですが、こうなると、バイキンを殺す薬(抗生剤と申します)を点滴し、それで治らなければ、その人工血管を取り除く必要がある、というのが治療の根本です。

この方の場合、人工血管と申しましても、あちこちにあるのですが、どうやら、バイキンに侵されているのは、20122月の手術の際の背中側のものであることがわかりました。さらにいけないことには、この人工血管のすぐ近くを食道という、食べ物の通り道があり、これにもバイキンの力が及んで、穴が開いている、あるいは、開きかけている、ということがわかったのです。そうすると、飲み食い禁止、とせざるを得ないのです。ここから約1ヶ月間、飲み食い禁止状態をよく耐えてくださいました。半日だけでも辛いのに、1ヶ月間ですよ。ご本人、よく「ガブガブ飲んでいる夢を見ました。」とおっしゃり、気の毒でとても見ていられませんでした。

飲み食い禁止となって数日経ったある日の夜、日曜日でしたが、痰に血が混ざる、いつもより多い、赤いものがついている、ということが起きました。ずっと悩んできた、喀血です。ステント治療後も、程度は軽くなって来てはおりましたが、痰に血が混ざるということが、ずっと続いていたのです。CTを撮りますと、2度ステント治療を行なった部分の大動脈の壁が破れており、内側のステントに守られて、かろうじてドヒャっと大出血するのを免れている状態であるらしいことがわかりました。その部分には、肺がベッタリと張り付いており、擦れて傷つき、痰には当然バイキンが混ざっていますから、そのバイキンが擦れて傷ついた部分で育ち、血管の壁に穴を開けた、というのが真相でしょう。

ドヒャっと出ない、ということで少しながら安心し、翌日、あらゆる対策を練り、火曜日に手術をいたしました。左の胸の中は、2度目の手術ということで、肺がベタベタにくっついており、それを剥がすのが最初の大きな仕事です。丁寧に剥がし、いよいよ病気の主舞台に近づくと、肺のくっつき具合はさらに強くなり、踏み込むのはやはり怖かったです。ここから、人工心肺を使い、できるだけ上流まで肺を剥がしましたが、食道とくっついている部分まではとても剥がせず、主舞台を含め、可能な範囲でバイキンに侵された人工血管を取り除くことにしました。もちろん、理想的には、背中側の人工血管と内側のステントとを全部取り除き、巻き込まれている食道も見て、穴が開いていれば直す、ということですが、そこまでやらずとも生還できる可能性が高いことと、過ぎたるは及ばざるがごとし、になり、手術室から暖かい体のまま出られなくなることを最も懸念し、できることを済ませてとにかく、手術室から生還していただくことに専念いたしました。とにかく必死でした。

術後も、もちろん平坦な道のりではございませんでした。目が覚めて人工呼吸器が外れた後も、引き続き「飲み食い禁止」で、見る間に痩せ細ってしまいました。バイキンに打ち勝つには抗生剤とともに栄養が大切なのですが、食道のことがあり、この心配が払拭されるまではやむを得ませんでした。

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色々とございましたが、術後2週間、水分から摂っていただくところまでたどり着きました。念願の水分です、ご本人、「生き返った気がする」とお喜びになりました。それでも、薄氷を踏むがごとく、さらに1週間後、恐る恐る、水の様なお粥をほんの少量お摂りいただき、体の反応を確かめつつ、徐々に硬くして行きました。そのあたりから、ご本人の活気が蘇って来たように感じました。もちろん、それまで、とても気丈でした。決して、取り乱したり、声を荒げたりするなど一切なく、本当に頭が下がりました。どれほど辛いことか、想像を絶する状態でありましたが。

一方の私どもには、大きな懸念材料がございました。そうです、バイキンです。できる限り人工血管とその周辺の怪しいものは取り除いたのですが、ここから先は取らなくていいよという線引きがある訳ではなく、どこまで行っても手探りでして、術後も同じで、熱が出ないか、採血の炎症の値はどうだ?とか、常にハラハラドキドキ状態でした。ずっと抗生剤を必要とするタイプのバイキンではないことがわかり、術後1ヶ月半経った時点で、抗生剤をやめて様子を見ました。いくら必要ないと言われても、心配なものです。やめて数日、熱も上がらず、採血の値も問題なく、2ヶ月の入院生活に、めでたく終止符を打つことができました。

退院の日、お着替えをなさったら、入院の時に身に着けておいでだったものが上下ともダボダボで、闘いの壮絶さを物語っておりました。手術前後で合わせて、水分禁止が25日間、食べ物禁止が32日間、入院なさった時の体重は69kg、退院の日には58.5kgで、10kg減ってしまいました。よく耐えてくださいました!

以上が、7度目の手術です。よくぞご生還なさいました!私の37年の外科医生活で、生還した方々の中では最も手強い相手でした。亡くなった方々を含めても、最強の敵と申し上げても過言ではないでしょう。もちろん、瘤破裂や解離の様に緊急手術を要する方々は、その場で亡くなるのを防ぐという意味では重いことは確かですが、間に合って手術室まで運ぶことができて、術後血圧などが保たれるようになれば、一旦は生還でき、やるべきことがはっきりしているという点で、バイキンのように「見えない敵」と闘うというストレスは感じません。この、バイキンに侵された体との闘いは、敵の姿が直接見えない、取り除いても、全て取り除くことができたかどうかが一切不明ですので、ずっと警戒していなければならない、正解がない、わからないという点で、とても強敵となるのです。この方の場合、さらに、食道を巻き込んでいた、ということが強敵をさらにパワーアップさせておりました。

主役であるA.K君、泣き言一つ漏らさず、本当によく頑張りました。奥さんのJ.K.さん、怖かったでしょうに、不安だったでしょうに、よく耐えてくださいました。私にとっても、とても強い、恐ろしい敵でした。スクラムを組んで、突破することができましたね!とても誇りに思います。僕もひと回り成長できたと実感しております。もちろん、これから先、この仕事を続ける限り、新たな壁が待ち受けていることでしょうが、越えて行けるという自信につながりました。ありがとうございます。また、何よりも、多くの病める方々、特に、一度の手術で終わらない、また手術が必要と言われている方々に、大きな勇気をお与えになっていますよ。あなた方に常に感じていることですが、いつも前向きに考えてくれて、私のことを信頼して任せてくれて、ありがとうございます。貴方の勇気には心より敬服申し上げます。J.K.さん、いつも彼を支えていてくれて、私にも全幅の信頼を置いてくれてありがとうございます。

 

今回は、10年半の間に7度の手術をお受けになった若い男性の勇気を讃えるとともに、私にも大きな自信、勇気をお与え頂いたことに対する感謝の意をこめてお話しいたしました。

                      

家族や知人の大動脈瘤や、急性解離、瘤破裂のことが心配だという方、遠慮なくご連絡ください。

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